学習者用デジタル教科書をめぐる動き
(2023.11)
文部科学省は、令和6年度より、小学校5年生〜中学校3年生を対象として学習者用デジタル教科書を段階的に導入していくこととしています。
そこで、学習者用デジタル教科書をめぐる動きについてお届けします。
学習者用デジタル教科書の普及率が一気に向上
文部科学省は、令和5年10月31日に「令和4年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」として、令和5年3月1日現在におけるデジタル教科書の整備率や教員のICT活用指導力の状況などに関する確定値を発表しました。
この調査は、初等中等教育における教育の情報化の実態等を把握し、関連施策の推進を図ることを目的として、全国の公立小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、特別支援学校及び中等教育学校を対象に、昭和63(1988)年から毎年1回行われているものです。
今回の調査結果全体を通して、前年度と比較して最も大きな変化があったのは学習者用デジタル教科書の普及率で、87.9%でした。
前年度と比較すると51.8ポイントも上昇しており、この一年で、一気に普及が進んだ様子が伺われます。
また、各県ごとの状況にも大きな改善が見られました。
今回の調査では、普及率が最も高い福岡県で99.0%、最も低い沖縄県でも83.1%となっており、昨年度は顕著だった地域ごとの格差は縮まりつつあることが分かります。
「学習者用」デジタル教科書とは?
学習者用デジタル教科書とは、紙の教科書の内容の全部(電磁的記録に記録することに伴って変更が必要となる内容を除く。)をそのまま記録した電磁的記録である教材(学校教育法第34条第2項及び学校教育法施行規則第56条の5)で、教科書発行者が作成するものです。
平成30年に成立した「学校教育法等の一部を改正する法律(平成30年法律第39号)」により、「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善や、障害等により教科書を使用して学習することが困難な児童生徒の学習上の支援のため、通常の紙の教科書の代わりに、必要に応じて「デジタル教科書」を使用することができることになりました。
児童生徒自身が自分のタブレットやPCで使用するもので、教師が電子黒板やプロジェクターで拡大表示するための「指導者用デジタル教科書(教材)」とは区別されています。
また、教科書をそのままデジタル化したものであることから、音声や動画などは「教材」であって、「デジタル教科書」に含まないとされています。
デジタル教科書は、書き込んだり消したりするのが容易で試行錯誤しやすいことや、各児童の必要に応じて紙面を拡大したり、背景や文字の色を変えたり、ルビを振ったりできることなどから、紙の教科書だけではできなかった「個別最適な学び」が可能になるとされています。
さらに、他のデジタル教材やICT機器などと一体的に使用することで、児童同士や、学校外の様々な人との意見交換を通した「協働的な学び」が可能となる良さも期待されています。
学習者用デジタル教科書普及に向けた国の動きは?
文部科学省は、小学校における教科書改訂年に当たる令和6年度より、小学校5年生〜中学校3年生を対象に、学習者用デジタル教科書を段階的に導入していくこととしています。
これに向けて、学習者用デジタル教科書の効果・影響や,効果的な活用の在り方及び留意点を明らかにするため、文部科学省では、令和元年より様々な実証研究を進めてきました。
例えば、令和4年度には、「学習者用デジタル教科書を活用した教師の指導力向上事業」や令和3年度補正予算「デジタルコンテンツとしてのデジタル教科書の配信基盤のの整備事業」などが行われ、その成果である「学習者用デジタル教科書の活用による指導力向上ガイドブック(令和4年度)」、「デジタル教科書導入ガイドライン」などが公表されました。
令和5年度は「学びの保障・充実のための学習者用デジタル教科書実証事業」として、英語は全ての小・中学校に、算数・数学は一部の小・中学校にデジタル教科書を配布し、普及促進を進めています。
紙の教科書はなくなるの?
令和6年度からのデジタル教科書の本格的な導入の在り方や、デジタル教科書やデジタル教材、関連するソフトウェアの適切な活用方法について検討するため、「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた学校教育の在り方に関する特別部会」の下に設置された作業部会「教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループ」は、紙の教科書とデジタル教科書の在り方に関する視点を以下のように整理しました。
紙の教科書とデジタル教科書の在り方に関する視点(教材を含めた視点)
文部科学省「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた教科書・教材・ソフトウェアの在り方について~審議経過報告~」より
- デジタルと紙の教科書のどちらを使用するのかを児童生徒が選択することは非常に大事。個々の児童生徒の学び方にも特質があり、ハイブリッドにデジタルと紙の教科書の両方が用意されている環境が必要。
- 紙の伝統的な教科書や資料集をベースにした学習とデジタル教材を使った学習、活動的な学習などが多様に、バランスを持って子供たちに開かれていくことが必要。
- 一度にデジタル教科書をどんと入れるよりも、紙媒体と組み合わせるのが一番良い。客観的な効果を検証しながら広げていくべき子供によっては紙を使うこともある中で、その時々で色々なものを組み合わせて子供たちが自ら学べるように用意していくことが必要。
- 教材は多種多様であり、デジタルは今後益々進化していくが、現実的にリアルの世界が無くなるわけではなく、アナログとデジタルのベストミックスが必要。
- 予算面も考慮しつつ、慣れには少なくとも数年は必要であり、当面の間はデジタルと紙を併用すべき。
作業部会の検討の中では、次のような意見が出されたことも報告されています。
- デジタル教科書だけで学びが完結するものではなく、教師による学びのコーディネートを前提とすることで、デジタル教科書に最低限必要な機能を検討することが可能となる。
- 児童生徒の多様性を踏まえて、上手にデジタルと紙を組み合わせて使うことの方が合理的。
- 子供たちの学びの選択肢をどれだけ増やせるのかという視点が大切であり、教材やソフトウェアに関しても多様で、選択の在り方をどのように整備するのかという視点が重要。
- 児童生徒の多様性に対応するために、豊かな選択肢を柔軟に提供することが必要。
- デジタル教材は今後ますます進化していくことは間違いないが、紙の教材が無くなるわけではないことから、紙とデジタルのベストミックスが必要。
さらに、デジタル教科書・教材・学習支援ソフトウェアの活用の在り方について、次の図のようなまとめが報告されています。
たくさんの議論を通して、デジタルと紙は、それぞれに良さがあることが確認されました。デジタル教科書さえあれば、紙の教科書や教材が不要になるわけではないというのが、現時点での結論です。
デジタルと紙をハイブリッドに行き来しながら、多様な児童生徒一人一人が「自立した学習者」として自ら学びをデザインしながら互いに学びを深めて「主体的・対話的で深い学び」「個別最適な学び」「協働的な学び」を実現し、学習指導要領の求める資質や能力を育んでいく時代が、いよいよ始まろうとしています。