[レポート]第26回教育セミナー[後編1]

「自立した学びの実現」

(2023.2)

令和5年2月18日に、一般財団法人 総合初等教育研究所主催の「第26回教育セミナー」が開催されました。
全国の小学校教員を対象として、新しい教育課題に対する指導について実際の授業を通した提案や意見交換が行われる、学びと気付きの場です。特に、各教科の分科会は、文部科学省の教科調査官による指導を受けながら、現役の教員が研究員となって、主査を中心に、現場での実践をベースにしながら進めているもので、先進的でありながら地に足が着いた研究となっているのが特長です。
今回は、4年ぶりの対面開催ということで、日本全国から約500名の参加者が集まったとのことです。

前編では、分科会の様子をお届けしました。
後編では、全体会についてレポートします!

基調講演「OECDが描く自立した学習者の姿〜エージェンシーの視点から〜」

一般財団法人総合初等教育研究所の水谷邦照会長による開会挨拶、同研究所の石井雅幸室長からの研究趣旨説明に続き、文部科学省の白井 俊 国際統括官付国際戦略企画官が基調講演を行いました。
題目は「OECDが描く自立した学習者の姿〜エージェンシーの視点から〜」。
白井企画官は、OECD(経済協力機構)で教育スキル局アナリストとして「Education2030」プロジェクトに携わった経歴があります。
「Education2030」プロジェクトとは、正式名称を「OECD Future of Education and Skills 2030 project(教育とスキルの未来2030プロジェクト)」と言い、複雑で予測が困難な2030年の世界を生き抜くために、生徒たちに必要な力は何か、そしてそれをどのように育成するのかについて提案するものです。

エージェンシーとラーニング・コンパス

講演の冒頭で白井企画官が紹介したのは、「ラーニング・コンパス2030」。
Education2030の成果物として、OECDが2019年に公表したものです。

図の左下に描かれているランドセルを背負った子供が、手に丸いものを持っています。
この丸いものが「ラーニング・コンパス」です。右上にある「well-being2030」に到達し、これを実現するために必要な力を、「コンパス(羅針盤)」という比喩を使って表しているのだそうです。
コンパスの中に入っているのは「コンピテンシー」と呼ばれるもので、日本語で言う「資質・能力」に相当するものだということです。そして、これを手にしている子供が「エージェンシー」なのだそうです。

エージェンシーとは何か?

OECDでのエージェンシーの定義は、「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力(the capacity to set a goal, reflect and act responsibly to effect change) 」とされています。日本語で最も近いイメージの言葉であれば、「主体性」や「自主性」といった言葉が、それに当たります。
しかし、これだけではわかりにくいとして、白井企画官は、「エージェンシーのない状態」をイメージすることを提案されました。例として、ご自身の経験で「子供のランドセルが重いのを、なんとかできないか」と各所から相談され、文部科学省から通達を出すことになった事案に触れ、学校単位や学級単位で先生と子供たちが対話を通じて解決することができないのは「エージェンシーのない状態」ではないかと問いかけられました。

さらに、気になるデータとして日本財団による意識調査等から、たとえば「自分で国や社会を変えられる」と思っている若者が、他の国と比べて圧倒的に少ない点などにも触れられました。そして、学校教育では「主体性」や「自立した学び」をずっと大事にしてきたはずなのに、なぜこうした結果になるのか、主体性とは何なのかという疑問が湧いたと話されました。

2つの主体性            

ここで白井企画官は、教師が「主体性が身に付いている」と評した2つの事例を出されました。
1つは、「きちんと宿題をやって、期日までに提出している」というケース。
もう1つは、「授業が終わったあとも、放課後まで残って、生徒たちが議論を続けている。」というケース。
そして、この2つのケースで言う「主体性」は全然違うことのようだが、どうなのだろうと問いかけました。


白井企画官は、広辞苑では、主体性を「他のものによって導かれるのではなく、自己の純粋な立場において行う」 と説明しているが、教育は教師による指導があってのものなので、この定義では説明できないと押さえた上で、これを英語に直したらどうなるかと広げられ、学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」を英訳した際にも議論があったことを振り返りながら、対応しそうなものとして、active、proactive、autonomous、independent、individual、voluntaryといった言葉を挙げられました。
学校の先生方はproactiveやautonomousを選ぶことが多いが、これらを逆に日本語にしてみるとぴったりこないとしつつ、より近いものとして、OECDのエージェンシーを再び紹介しました。

共同エージェンシーと「はしごモデル」

まず、エージェンシーを考える上で大切な点として、主体的であれば何でもいいわけではなく、前提として倫理や道徳が必要であることに触れられました。例えば主体的にイジメをしても評価されることがないように、エージェンシーには、自分の意志で行うということの他に、責任の意識が必要だということです。

OECDラーニング・コンパスの図を見ると、エージェンシーである子供の周囲に、たくさんの人が描かれています。
具体的には、保護者や先生、クラスメート、地域の人たちということになりますが、OECDの考え方では、この人たちを「共同エージェンシー(Co-agency)」と呼び、子供のエージェンシーを育むために一緒に活動してくれる人と位置付けているそうです。

つまり、エージェンシーは一人ぼっちで身につけるものではなく、他者との関係性の中で育まれるものなのだそうです。そして、学校という場こそが、自分はこの行為をしていいのか、他の人はどう思うのかなど、他者との関係がある中での折り合いの付け方も含めて、エージェンシーを養うのに最適だと思うと述べられました。

次に、白井企画官は「はしごモデル」を紹介されました。

これは、大人と子供が共同でエージェンシーを発揮するに当たっての、両者の関係性のレベルを示したものだそうです。
一番下のレベル1「操作」から、一番上のレベル8「生徒主導」まで、様々な段階が、はしごのモチーフで表現されています。先ほどの事例で言えば、「言われなくても宿題を期日までに提出する」のはレベル1か2、「放課後まで残って議論を続けている」のはレベル7や8に当たるとのことです。
ただし、このモデルを考案した研究者ロジャー・ハートは、レベルが高い方が「いい」ということではなく、様々な段階があると子供たち自身が認識できていることが重要だとしているそうです。
例えば、宿題を期日までに仕上げて提出するなど学習習慣を身につけるのは当然大切なことなので、もしここに課題があるならレベル1で対応するし、既にある程度確立しているなら、レベル7や8でもいいかもしれない。
こうした対応の仕方を考えることこそが、先生の腕の見せ所となるのだそうです。

先生のエージェンシーと教育のニュー・ノーマル

次に紹介されたのは「先生のエージェンシー(teacher agency)」ということでした。
先生がエージェンシーなくして子供たちのエージェンシーを育むのは難しいだろうということで、OECDでは、子供のエージェンシーと併せて議論されているのだそうです。
ここで白井企画官が事例として挙げられたのは、シンガポールの教育制度でした。
シンガポールは、PISA調査などOECDが行っている学力調査で、常にほぼトップの成績を保っており、教育の面で非常に注目されている国ですが、教育政策の流れから見ると、日本と非常に似た部分があるのだそうです。
例えば、日本は98,99年の指導要領改訂の際に学習内容を削減し、代わりに探求的な「総合的な学習の時間」を導入しましたが、シンガポールでも、2005年に同じような改革を行い、学習内容中心から、資質・能力中心の教育に転換したそうです。
一方で日本と違う部分として、シンガポールでは、先生の人数を増やしたり、教育サポートに携わる人材を増強するなど、先生自身が探求に集中できる環境を整えてきたのだそうです。
現在のシンガポールでは、カリキュラムの2割を学校が独自に設定できる施策を展開するなど、資質・能力重視から更に進んだ「生徒主体、エージェンシー重視」の教育観に移っており、先生方に対しても、独自カリキュラム編成のために、海外の先進事例を視察したり国際会議に参加したりすることを奨励しているそうです。これにより、先生方が非常に生き生きとアクティブに仕事に取り組んでいる姿が見られるようになったとのことです。

そして、最後の話題は、OECDの示す「教育のニュー・ノーマル」という考え方についてでした。
説明に当たり、白井企画官は、ご自身の著書から、伝統的な教育とニュー・ノーマルの教育を対比した表を提示されました。


表(1)〜(3)でわかるように、伝統的には、教育は外界と切り離された場で行われるべきものと考えられがちであり、役割分担も明確です。学校、学級という枠の中で起きたことは、担任の先生が全部解決しなくてはいけないと考えがちだということだそうです。また、(4)〜(6)の学習面では、伝統的には、インプットとアウトカムが重視され、テストの結果で評価をするのが一般的です。
しかし、ニュー・ノーマルの教育では、教育をエコシステムの中で考えるそうです。いろんな制度と連携し、責任や意思決定もみんなで分担してやっていく。学習はアウトカムよりプロセスを重視し、テストも、点数を重視するよりも、次の学習へのつながりが意識できる評価に変わっていくべきだとしているそうです。
そして、最も重要なのは(8)だそうです。
伝統的な教育では、生徒は教師の指示を聞く、聞き手の立場に置かれているものですが、ニュー・ノーマルでは能動的な参加者として考えるそうです。
つまり、生徒も教師もそれぞれエージェンシーを発揮するのが、教育がこれから向かう方向性なのではないかとのことでした。


(後編2は、シンポジウムの様子をお届けします!)


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[レポート]第26回教育セミナー(前編)

▶︎関連リンク
一般財団法人総合初等教育研究所主催 教育セミナー
OECD Education2030プロジェクト

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