【D[感動,畏敬の念]】高学年D[感動,畏敬の念]の授業

―何かと敬遠されがちな道徳的価値の実践―

東京都日野市立南平小学校 主幹教諭

小杉 純平
授業実践① 第五学年 授業実践② 第六学年

D[感動、畏敬の念]の授業の難しさとは

 私が教員になりたての頃、先輩教師が「道徳の[敬けん*]の授業は人に見せられないわ」(現行学習指導要領のD[感動、畏敬の念]に当たる内容)であったり、「[敬けん]は、どんなに経験・・しても正解が分からないのよ」とダジャレでごまかされてしまったりと、なかなか腑に落ちないでいた。それでも、経験が浅いながらに、敬遠されがちな内容項目であることは察していた。そのため、道徳授業の実践を重ねても、D[感動、畏敬の念]には苦手意識をもってしまっている。今なお、他の内容項目に比べて少し気合いを入れて授業準備をし、授業中も肩肘を張って授業をしているように思う。だからと言って手応えがあったとは実感しづらく、児童の変容も見えづらい。おそらく、多くの先生がこうしたD[感動、畏敬の念]がもつ掴みどころのない特性に、難しさを感じているのではないだろうか。また、「感動する心」を、いか純粋無垢に受け止められるかにも関わってくると考える。多感な年ごろの高学年児童にとって、クラスメイトの前で「感動した!」という気持ちをまっすぐ受け止めることも、長年高学年を担任していると、気恥ずかしく困難かもしれないと思う部分もある。

高学年のD[感動、畏敬の念]について

『小学校学習指導要領解説特別の教科道徳編』によると、D[感動、畏敬の念]については次のように示されている。

 美しいものや崇高なもの、人間の力を超えたものとの関わりにおいて、それらに感動する心や畏敬の念をもつことに関する内容項目である。

 さらに第5学年及び第6学年では、「美しいものや気高いものに感動する心や人間の力を超えたものに対する畏敬の念をもつこと」とあり、D[感動、畏敬の念]の指導の観点に、「畏敬の念」という言葉が出てくる点も、難しさを助長しているように感じる。ちなみに、「畏敬の念」とは、「人や物事に対して深い敬意と畏怖の感情を抱くことの表現」となり、漠然と「すごい」と思えることを素直に受け止めていく心と、安易に解釈してみた。
 また、高学年ならではの斜に構えた部分にあえて思い切ってアプローチすることで、自然の壮大さに感動することに加えて、生き様や偉大な功績といったことを理解する力が備わってくるため、人間味のある感動に心を打たれる。ただただ「すごい」と感じたり、なんとなく「感動した」と発したりする学齢から、一歩進んだ部分へ深く考えることができるのも、高学年におけるD[感動、畏敬の念]の面白さではないだろうか。そのため、自然の雄大さに客観的に感動するだけでなく、同じ人間として自分と照らし合わせながら畏敬の念をもつことができるのも、高学年の発達の段階では可能である。

授業実践① 第五学年

主題名

心の尊さ、美しさ D[感動、畏敬の念]

ねらい

美しいものや気高いものに感動する心情を育てる。

「ひさの星」(出典:東京書籍「新編 新しい道徳5年」)

 学校生活における多くの機会の中から、D[感動、畏敬の念]に必然的に結び付けられる機会が見られた際に授業をすることで、道徳科とその機会との相互作用が見込めると考える。本授業を実践した当時は、図画工作科「こころのもよう」で、自分の心を絵の具の模様とつなげて表現する姿があった。児童は多様な描画材や手法を用いて、心の中身をカラフルな模様にしていた。そのどれもが、何となく雰囲気が伝わってくるのと同時に、「なぜこう表現したの?」と問いたくなるものでもあった。その旬の機会を逃すまいと感じ、本実践へとつなげていった。

導入 児童それぞれがイメージする「綺麗」を撮り集め、一覧で共有することから授業を始めた。与えた条件は「自分が『綺麗』だと思うもの」のみであったため、様々な「綺麗」が集められた。一覧にすることで、児童は友達の思う「綺麗なもの」の選択への根拠が気になっているようであった。こちらが何かを問わずとも理由を述べ合っていた。一見、バラバラな「もの」でも、選択した理由には共通点が見られ、大きく四つに分類することができた。教材とねらいとする道徳的価値の両者を包んだ導入になった。
展開  教材提示の前に「星」のイメージを押さえてから教材提示をした。私はよく教材提示後に教材から印象に残ったことを共有させることが多いのだが、本実践の場合は、結論を収束させることなくふわっと広げていくイメージでの展開を想定していたため、主要登場人物「ひさ」について印象を聞いた。児童から設定された学習問題は、「どうして『ひさの星』と名づけたのか?」であった。本教材のように教材そのものが力強い場合は、無理に寄せていかずとも「児童が自分事として考えやすい学習課題」にすると、教材と自分の生活を結び付けやすいため、児童の「考えたい」を大事にしている。
 展開前段の発問では、児童の印象に残った「ひさの信念」と「ひさの控えめさ」から考えさせた。ここでの最大の注意点は、ひさの「犠牲的精神」を美化して、畏敬の念と捉えさせてしまうことであると考える。あくまで村人の敬意から「ひさの星」と名付けられたことに注目し、行為に見返りを求めない「ひさ」の心の綺麗さに気付かせたいと考える。
終末 「心の綺麗さ」が、導入時のそれぞれがイメージしていた「綺麗」とどのように照らし合わせていけるか、「透明さ」「新しさ」などを、児童自身が変換していくことで、抽象的であった「心の綺麗さ」が具体化されていった。

学習指導過程
資料1 実践①の板書

 一人一台端末の利点を生かした導入に始まり、児童の主体性を尊重した発問の構成や学習問題の設定は、これまで難しいとされてきたD[感動、畏敬の念]の授業を活性化できた成果と考えられる。しかしながら、児童のつぶやきを始めとした発言に助けられたことや、主体性に頼りすぎた部分もあり、克服できたかは疑問である。

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