
大阪教育大学附属天王寺小学校 教諭
橋長 雄大
実践紹介 第六学年
はじめに
道徳科の授業実践 を重ねていく中で大事にしていることがある。それは、授業展開が児童にとって深い学びとなったのかどうかということである。特に文章量が多い教材となると、児童の道徳的諸価値に対する考えが板書として羅列される一方で、ねらいとする道徳的諸価値の理解に関する垂直的な深まりが見られない授業展開になることがある。
その要因は、道徳的価値を理解していくために必要な教材の特質の把握が曖昧になっていることや、ねらいの設定が抽象的なものに留まっていることが考えられる。また、教師がねらいとする道徳的価値について深く考えさせようとする思いがある一方で、児童の考えを深めていく発問の精選が足りなかったり、考えが深まらないうちに授業を展開させてしまったりすることで、道徳的諸価値に対する深い理解へと結び付かないことが考えられる。
ここでは、教材『手品師』(光村図書六年)を用いて、児童が道徳的価値について交流していく上で考える土台(教材把握)を揃え、深く考えていくことのできる展開にこだわった実践を紹介する。
実践紹介 第六学年
「大劇場」と「約束」との間で心が揺らぐ手品師の姿を通して、誠実に生きるとはどういうことなのか考え、自分自身に誠実に生き、明るい心で過ごそうとする心情を育てる。
教材名 「手品師」 (出典:『きみがいちばんひかるとき』光村図書六年)
⑴本実践における手立て
本実践で取り扱う道徳的内容は、第五学年及び第六学年のA[正直、誠実]に当たり「誠実に、明るい心で生活すること」である(『小学校学習指導要領 解説 特別の教科 道徳編』より)。
本時のねらいを達成するためには、児童にとって「誠実であることのよさはすでに分かりきっている」というところから、新しい道徳的価値の気付きがある授業展開を行う必要がある。本実践では、教材での学習を通して、児童の道徳的価値の自覚を深めるために、授業展開の中で教材の内容を児童が理解した上で、教師自身が意図を明確にした発問を行い、さらに補助発問を投げ掛けるようにした。それは、ねらいとする道徳的価値に迫るためには、教材の特質を把握すること、すなわち児童が考えていく土台を揃える必要があると考えるからである。
本実践では、次の三点を留意して授業を行った。
①「教材の理解につなげる発問(登場人物の状況や心情)」
「教材の理解につなげる発問(登場人物の状況や心情)」を行い、教材を把握し、考えていく土台を揃えた。教材を読んだ後に、教材が扱っている手品師が置かれている状況・設定について、そして大劇場を目指す理由について問うことで本教材の背景について短時間で確認し、板書に整理した。また、ある日出会った小さな男の子との関係などについても押さえた上でさらに発問した。
②「人間の弱さ(こだわり)を理解することにつなげる補助発問」
「人間の弱さ(こだわり)を理解することにつなげる補助発問」を中心発問の後に行い、登場人物のA[正直、誠実]がもたらすよさに気付いたり、実現させる難しさについて考えたりしていく時間を設定した。
③「友達の意見に対して共感、質問を視点にコメントを入れる時間」
自分の考えを広げたり深めたりするために、「友達の意見に対して共感、質問を視点にコメントを入れる時間」を設け、他者理解へとつなげた。
これらの学習活動を通して、本時の内容項目であるA[正直、誠実]に関する道徳的価値の理解を促していくことを目指した。そして、価値理解、人間理解、他者理解を基に教材にある価値の意義に気付き、A[正直、誠実]に関する道徳的価値にこれまで以上に向き合わせた。
○本時の学習活動に関する評価の視点
A[正直、誠実]に関する道徳的価値について、自分自身との関わりの中で「人間の弱さ、こだわり」や「誠実に生きるよさ」について考えている。
⑵実践の過程
導入では、「みんなが考える誠実な人とは、どのような人ですか」と問うことで、本時のねらいの方向性を示した。
展開では、手品師が大劇場のステージを目指す目的について考えることで、その後の友人からの誘いで悩む手品師の気持ちにより共感できるようにした。また、手品師がどのような思いで明日も来ることを男の子に伝えたのかを問うことで、手品師と小さな男の子との関係を押さえるとともに、互いの気持ちに気付くことができるようにした。その上で中心発問を投げ掛け、誠実に生きるよさ、そして難しさについて自分を見つめさせた。
そして、意見を共有する中で、児童の多様な考えを羅列することに終始せず児童の道徳的価値の理解をさらに促すために、補助的な発問を行った。その際、個人で道徳ノートに書く時間を設けるとともに、友達の考えに対する自分の意見を付箋に書き、友達の道徳ノートに貼る活動を行った。また、友達が書いた付箋を読み、再度考える時間を設定することで、A[正直、誠実]に関する自分の考えを広げたり深めたりできるようにした。児童が友達の考えを受け止め、自分の意見を道徳ノートに書き留めたり発言したりする姿から、垂直的な深まりが見られたと考える。
⑶終末での児童の「誠実」に対する考え
・誠実な生き方とは、いくら自分の利益が大きくても、他人との約束や関係のことを深く考えた上で、自分が正しいと思ったことをする生き方だと考えた。
・誠実な生き方とは、自分に対して嘘をつかないことだと思う。そして、自分の決断したことに納得し、後悔をしないことだと思う。
・誠実とは、自分自身に自信をもち、誇りがもてる生き方だと思う。・どんな小さな約束も軽く扱いたくない。
・誠実には、自分自身に対する誠実さと、相手に対する誠実さがあると思う。
※本実践のねらいを達成するために、道徳的価値に含まれる価値理解、人間理解、他者理解に関する児童の姿を次のように整理した。
価値理解…価値のよさ、価値の大切さ
・誠実に生きると、自分に誇りがもてるな。
・自分に対する誠実さ、相手に対する誠実さがあるなあ。
・どんなことにも自分らしく向き合うことが大切だなあ。
※中心発問を通して考えを聞くだけでなく、意図的な補助発問をすることで理解を深めていく。
人間理解…人間の弱さ、こだわり
・こだわってきたものを守りたいなあ。
・自分の思いをごまかしたくないなあ。
※批判ではなく、自分のこととして考えていく。
他者理解…多様な考え
・自分とは違うけど、その考えも分かるなあ。
・その意見で、これまでを振り返ることができたなあ。
※考えを共有し、他者の考えも受け止めていく。
おわりに
本実践では、教材を通してねらいとする道徳的価値に迫るために、話し合う土台を揃えることに重きを置きながら授業を展開した。そして、児童にとって「すでに分かりきっている」理解から、新しい価値の気付きがある授業展開につなげていくことができた。児童と一緒に「何について考えていくのか」を明確にもちながら、本時の教材の特質を生かした価値理解、人間理解、他者理解について整理、分析することの重要性を改めて実感した。
今後も、教材分析はもちろん、発問の精選に加え、発問に用いる「言葉」を吟味していきたい。そして、これまで以上に道徳的諸価値に児童が向き合うことができたかどうかにこだわり、今後の実践につなげていきたい。





誠実な心で A[正直、誠実]