
東京都小平市立小平第三小学校 主任教諭
前田 良子
授業実践 第三学年
はじめに
C[公正、公平、社会正義]は、指導が難しい道徳的価値の一つである。その理由の一つは、頭では分かっていても深めることがなかなかできないことにあるだろう。『小学校学習指導要領 解説 特別の教科 道徳編』によると、「民主主義社会の基本である社会正義の実現に努め、公正、公平に振る舞うこと」と記されている。この道徳的価値は、具体的にどのように振る舞えばよいかイメージすることが難しい。しかし、人に対して公正、公平に接することができないということは、差別やいじめにつながる恐れがある。そのため、児童がこの道徳的価値について考えを深めていくことは重要なのである。
授業実践 第三学年
迷う「ぼく」の気持ちを考えることを通して、分け隔てせずに誰に対しても公平に接しようとする心情を育てる。
教材名 「みさきさんのえがお」(出典:『新編 新しいどうとく3』東京書籍)
⑴教材の概要
図書係の貸し出し当番になった「ぼく」は、同じクラスのみさきさんに頼まれ、人気シリーズの本の予約を約束する。その本が戻り、予約欄にみさきさんの名前を書こうとしたとき、「ぼく」の大の仲良しであるしゅんやさんから、みさきさんに内緒で先に貸してほしいと頼まれる。しゅんやさんに先に貸したとしても、みさきさんには分からないということを理解しながら、「ぼく」はすぐに返事ができなかった。その後、「ぼく」は、しゅんやさんの申し出を断り、みさきさんに本を貸す。みさきさんの笑顔を見て、「ぼく」もうれしくなる。
⑵教材のポイント
本教材では、葛藤の場面が出てくる。それは、貸し出し当番として、「先に予約したみさきさんに本を貸すか、それとも大の仲よしのしゅんやさんに先に本を貸すか」である。しかし授業として行う場合、多くの児童はこの場面で迷うことはなく「みさきさんを優先する」ことを選ぶだろう。それは、当番として「先に予約した人を優先する」というルールを守らなくてはならないという意識が児童に強くあるからだ。この教材には、C[規則の尊重]の要素も多く含まれている。明確なルールを破ることは、たとえ大の仲よしからのお願いであったとしても、中学年の児童には難しい。
しかし、親しい友達を優先してしまうことは、日常では無意識に行ってしまう、よくありそうな場面である。そして無意識に行うことの積み重ねが、人によって態度を変えてしまうこととなり、差別やいじめにつながる可能性もある。そのため、「ぼく」の迷いをよりはっきりとさせ、悩みながらも分け隔てなく振る舞うことの大切さを実感させていくことが、重要である。今回の授業では、中心発問を「すぐに返事ができなかったときの『ぼく』の気持ちを考えましょう」と設定した。
⑶授業を行うに当たっての仕掛け
C[公正、公平、社会正義]について深く考えるために、次のような仕掛けをつくって実践した。
①仲のよい友達を意識させる
導入では、児童に仲のよい友達を心に思い浮かべさせる。その子が喜ぶことをしてあげたいかどうかを尋ね、教材提示に入る。児童が仲のよい友達との関係を意識することで、「ぼく」の迷いについて、より実感がもてるようにする。
②教材提示を途中で止め、話し合う
「ぼく」の迷いに、より共感させるために、しゅんやさんからみさきさんより先に本を貸してほしいと頼まれ、返事ができなかったところまで教材提示を行い、話し合った。「ぼく」がどのような選択をしたか、分からない状況をつくることで、葛藤する「ぼく」の気持ちを実感させることをねらいとした。「ぼく」の気持ちについて十分に話し合った後、教材の続きを提示し、公正、公平に行動した後の「ぼく」の気持ちの清々しさについて話し合った。
③題名を示さずに教材提示を行う
「みさきさんのえがお」という教材名を提示してしまうと、「えがお」という言葉から、「ぼく」の行動が予測できてしまう。そのため、教材提示の始めに教材名は提示せず、後で提示するようにした。
④プレゼンテーションソフトを使い、教材を提示する
教科書を読むと、「ぼく」の行動が分かってしまう。そのため、プレゼンテーションソフトを使って教材提示を行った。場面絵を活用し、教材文を部分的に示しながら提示した。場面絵と教材文を組み合わせることで、中心発問の場面をより印象に残るようにした。
⑤ 心情円を使い、迷う気持ちを視覚化させる
みさきさんに先に本を貸すか、しゅんやさんに先に本を貸すかという葛藤場面は、心情円を使うことで両方の気持ちが見えるようにした(図1)。心情円を使うと、児童一人一人の気持ちの違いがよく分かる。また、友達同士で見合うこともできるので、自分との共通点や相違点について話したいという意欲が高まる。

⑥補助発問を使う
しゅんやさんに先に本を貸さない理由として、「分かってしまったらみさきさんが悲しむ・怒る」といった意見が出ることが予想される。そこで中心発問では、「内緒にすれば誰にも分からないから、しゅんやさんに本を貸してもよいのではないか」という補助発問を行い、児童に深く考えさせた。誰にも分からないなら、友達を優先させてもよいのか、という社会正義につながる議論に結び付けるためである。
⑷授業の実際
中心発問で心情円を使うことで、しゅんやさんに本を貸してあげたいと思う気持ちと、みさきさんに本を貸さなければならない気持ちの両方を視覚的に表すことができた。児童は、互いの心情円を見合うことができたため、しゅんやさんへの気持ちの割合が多い子やみさきさんへの気持ちの割合が多い子など、自分とは違う考えに触れることができた(図2)。そして、それぞれの気持ちについてどのようなことを考えているか発表することで、「ぼく」の迷う気持ちを実感することができた。
今回の授業では心情円を一人一人が手に持って使ったが、ICT端末等を使うことによって学級全体で考えを共有する方法も考えられる。
中心発問では、「みさきさんに本を貸す」という意見が多かったため、補助発問で児童の考えに揺さぶりをかけた。児童からは、「しゅんやさんに本を貸してしまうことは、しゅんやさんのためにならない」という意見が挙がった。さらに、「しゅんやさんを優先してしまうと、次にしゅんやさんが当番になったときにしゅんやさんが同じことをしてしまうかもしれない」といった意見も挙がった。分け隔てのある行動をすることが、相手のためにならないと、ねらいとする道徳的価値への理解をより深めることにつながった。

気持ちの割合は違うので,なぜそうしたのか,互いの考えを
交流したくなる。
おわりに
児童は、道徳的価値を「当たり前に大切なことだ」と解っている。しかし実際の行動では、そうは思えないような振る舞いをする場面は多々ある。道徳授業では、「当たり前」の奥にある道徳的価値の複雑さに気付かせ、自分が何を大切にしたいか考えさせていくことが重要である。
道徳的価値への理解を深めていくためには、教材を生かしながら仕掛けを考えていく必要がある。今回の授業では仕掛けをいくつか用意したが、役割演技を取り入れるといった仕掛けも考えられる。道徳的価値への理解を深めていくために、教材研究を重ねながらどのような仕掛けがあるといいか、今後も考え続けたい。





だれにでも公平に C[公正、公平、社会正義]